浮遊して右往左往、滓の様な日本

 

 

 金曜日は午前中に仕事を切り上げておいて、昼過ぎてから89歳と90歳の高齢婆さんを順繰りに迎えに行って、ゆるゆると高速に乗ったらいきなりの渋滞だったが、たいしたロスもなく休憩入れながら忍野八海に着いたのが3時半頃だった。

 高齢者を連れ出すには、土・日は身勝手な猿の渋滞・混雑がひどすぎる。

 ま~、毎週2000m前後の山に登ってる爺ィから見れば、近所と言えば近所には違いない楽ちんな行動ではある。

 平日なのに外国人ばかりでゴッタ返しておった。

 5年前に山の帰りに立ち寄った同時期の写真を見返すと、閑散として良い雰囲気だったのが、この変わりようで驚いたさ。

 いよいよ日本は後進国化・観光国化して来ていることを、嫌というほど味わった。

 しょせん日本ごとき円安の貧しい国に観光で来ている外国人は、母国では中流かその下の連中ばかりだから品位が無く、遠慮してオモテナシなんざ要らないこと。

 40年前の東南アジアに群れて大挙して出掛けて行っていた日本人とおんなじよ。

 いまの70歳~80歳世代の愚かな日本人の群れて狂う姿は現地で嫌というほどに見てる。

 忍野二海で止めにしといたが、世界中の言語が飛び交っていたから高齢者には外国にいるような刺激にもなって良かっただろう。

 大声上げて土産物屋や屋台の連中と笑い合っておったが、中国人の店も増えていた。

 観光客ではなくって、迎える側も外国人になっていってるのは銀座周辺でもそうだが、こんな田舎でも外国人らは住み着いてしまってる。

 これが両親や親族をどんどん呼び寄せて地域に入り込んで来てる。

 日本人はサラリーマンか公務員でおとなしく隠れて生きているのか?? 馬鹿野郎だな。

 新雪はキレイだった。

 富士山もずっと雲すらよらずに見えていた。

 体調を崩していて、これが他人に感染する種のモノかどうかが一番に気になっていたが、日常の生活や仕事や高齢者たちとの関り合いの中で、心配はないと結論付けて活発に動き始めてる。

 ・・・なにもないから早く死にたい! 病に憑りつかれていた89歳の婆さんは、ずっと続けている定期的なお出掛けと食事で憑き物が落ちたようにそれを言わなくなってる。

 歩行器ガチャガチャしながら外国人をかき分けて、印傳の財布を買っていた。

 欲がなくなってくると、流されて生きていただけの人間は死にたくなるもんさ。

 俺のように 山や海へ行きたい! という生涯の欲求がナニも無いから仕方は無い。

 貴方任せで生きた終末は、まわりの人間が動かなければそのまんま終わるしかない。

 帰路は中央道の渋滞回避で圏央道方面にまわり、農園レストランで旨いものを腹一杯に喰わしてやって休憩と時間調整をして、悠々と愉快な会話をしながら深夜に戻って来た。

 

 咳だけがまだ出るから昨日は山に登り肺活のチェックをしたが、別段に問題は無かった。

 往復300キロくらいの栃木の近所の山にしといた。

 ザックを重くして、雪山用の重い登山靴を履き負荷を多くして、呼吸を確認しながら登って行けば、臓器の悪い箇所や筋や肉の悪い箇所はすぐに悲鳴をあげて教えてくれる。

 低い山でもこういう時に体調を見るには適している山は幾らでもあり、帰路に寄りたい花桃の花見と神社訪問と買い物を組み合わせて、のんびりして来たさ。

 医者や病院で診察なんて貴方任せなことはしない。

 自分でおかしいと思えば患部を強く激しく使って、自分で判断するのが俺のやり方。

 決して医療や薬という信仰には染まらない。

 足腰はしっかり疲れ果てたが、咳はじきに治るだろうから、山にも登り続けるさ。

 花桃は満開、菜の花も満開、古い神社では撮った写真に一条の光が太陽から俺に届きエエ塩梅やった。

 腹一杯に旨いモノも喰らって、眠気と戦いながら下道で都内まで戻った。

 お天気が良かったせいで人の出も多かったから、源泉入浴もやめといた。

 

 小さい子供や高齢者、車に慣れてない連中と山や海に出掛けるときは、普段の豪快・直線的な行動形態から運転だけでなく行程も、繊細に大きく変えなければいけなくなる。

 アクセルやブレーキ、ハンドリングにしても変えているし、自分のことすら理解できていない今の高齢者は一瞬で倒れてしまうこともあるから常に気は配っている。

 選ぶ道や休憩する場所一つにしても、色々と考えてなければ楽しくなくなる訳だ。

 乗ってるだけの連中には、そこまでの事は解らない。

 ナビやマニュアル通りに教えを受けてすべて動いている出来の悪いAIロボットみたいな猿の集団では、細かな気遣いなんざ知らん顔、気がつかれることもない。

 一生、そうやって細かな気遣いには気がつかず、大雑把な日常に翻弄されるのさ。

 猿と人間の違いは、そんな細やかな気遣いや個々の創造力なんだがね。

 

 ネットがAIロボットの対応みたいな状況になって来たところで、テレビやラジオが生き残るチャンスを窺っているが、その前に義務教育や社会教育で洗脳され、壊れたロボットみたいに生きて居る視聴者・消費者の側が変わらなければ、元通りになるだろう。

 輪廻の輪をクルクル回って生涯を終えるモルモットとおんなじだな。

 毎日毎日おんなじことばかりで、それが生きてることだとほざいてる。

 宇宙や地球の話にしたって猿の我欲の話に誘導され、人間の世界の事柄にしたって大事な話は封印されて斜眼帯、これじゃ~メディアなんざ存在意義すら無いだろう。

 俺がガキの時分に大人の社会を眺めて、ちっ! 退屈なことよ! と胡散臭く思い、そうは生きないと決めた時の笑いが今でも脳裏にある。

 自らナニにも拠らずに、無借金で始めた自営には、メンドクサイ言い訳や弁解・後悔ということがまったく無い。

 俺がトップでいる以上、怖れるものなどこの世には存在せず、ナニにも遠慮も無い。

 若い時分の社会勉強は他人の何倍もして来たが、早く自営を始める為のモノで、その為だけに集中していた。

 今も自分の立場で言えることだけを言っているが、笑いながらの独り言になってる。

 

 春の陽気に浮遊して、流されて右往左往する日本人は、川面の滓のようだな。

 

 今日は田舎から81歳の婆さんが、病院での診察といずれ引っ越してくる都会の生活に馴れる為に出て来る。

 月に2回くらい、5日くらい滞在する。

 さすがに俺も老いて来てるから、対応するにしてもトコトンという訳にもいかなくなってるさ。

 細やかな気遣いが身についている爺ィでも、自分の老いに笑うことも増えた。

 

 短期の金(ゴールド)は、トランプの関税合戦が一段落し、企業のインチキ決算期が過ぎるまでは、動くつもりもないわいな。

 猿の集団が梯子を外されて阿鼻叫喚という時にこそ、お利口さんは動くのさ。

 それよりも銀(シルバー)とプラチナの現物をしっかり買い溜めておくことだろうな。